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思うがまま。

KAT-TUNにおけるたっちの関係性について

askの備忘録。

Q:中丸雄一帝王とゆかいな仲間たちシリーズ大好きです!今回は帝王とではなく亀梨くんと上田くん(たっち)の関係性について語って欲しいです。中丸くん、田口くんには甘えて居る様に見える亀梨くん。そして2人もそんな亀梨くんを受け入れて居る様に思うのですが、上田くんに対してはちょっと違うのかなと思います。もへじさんからみたたっちの関係性はどんなものですか?

今回はKAT-TUNの美女コンビ、亀梨上田の通称たっちについて語るということで。
考えをまとめる為にもちょっと前にTwitterで、
『たっちってこう、コンサートに置いての距離感はまさに双子ちゃんみたい。小悪魔双子。でも多分2人きりで出かけるなんて無さそう。一番性質が近くて、だから一番精神的に距離が遠いのかな。たっちは可愛いし好きなんだけどろばまるや市ヶ谷ほど沸けないのは、その心の距離感を感じてしまうからかも』
『たっちは本質が似てるイメージ。あくまでイメージ。んで市ヶ谷も本質が似てるイメージ。けどたっちよりも市ヶ谷が沸けるのはおたぐくんに二面性を感じているからかもしれない。一番二面性があるのはおたぐくんかなと。最近は言われないけど腹黒と言うのも間違いではないと思ってる。けど天使だとも思う』
…という風に呟いたのですが。
でもなんかたっちが2人で闇に消えていったという目撃情報もあるらしいですね…それはそれですごい。何だよ闇に消えていく美青年2人組とかおとぎ話か。
 
まぁそんなわけで個人的なたっち観といいますと、やはり「本質が似ているが故に物理的な距離間よりも精神的な距離間の方が遠い」イメージです。
本質が似ているというのはあくまでもイメージ的なものなんですが…。
例えば、何らかの壁にぶつかった時に、合理的な回避法を見つけようとするのが市ヶ谷で、シンプルに乗り越えるにはどうすればいいかを考えるのがたっちといいますか。
ストイックさはKAT-TUN4人全員が持っているとは思うんですが、ストイックさの向く方向が違う気がするんですよね。
いかに他者へ見せるもののクオリティを上げるかという所に重点を置く市ヶ谷と、己の持てるポテンシャルをいかにして引き上げるかという所に重点を置くたっちというか。
ボキャブラリーが貧困なため、これをうまく言葉にするのが難しいんですけど…。
とにかく、そうした本質が似通っているが為に、どちらか一方がもたれかかることもないしお互いに対して自立しているイメージ。鏡合わせのような。
おかめちゃんは雄一さんには甘えるというか女子感ならぬ孫感が出ますし、おたぐくんには、頼りないお兄ちゃんを心配する弟…いやどちらかと言えば「もう!これだからお兄ちゃんは!」みたいな妹感が出る。けど何をしても怒ったりしないお兄ちゃんに対して「お兄ちゃんはね!私が何をしても怒らないの!いいでしょ!」みたいなところもあり。
だから質問者さんの言う通り、おかめちゃんは雄一さんとおたぐくんには甘えているというか、精神的に少しふにゃりと出来るような気がします。
そして雄一さんとおたぐくんがそれを受け入れるのも分かる気がします。
あんなにプライドの高そうな高貴な猫がすり寄ってきたらそれは愛らしいでしょう。分かります。
でも上田くんはきっとおかめちゃんがすり寄ってきたら警戒すると思う。上田くんも猫だから。
孤高で高貴な猫2匹。2人の見ている世界はきっと似ていて、見つめあうとお互いが自分みたいに映ってしまって我に返るんじゃないかな…と思ったりします。自分にはすり寄れないよね、という。
だからそういう意味で鏡合わせ。ろばまるが背中合わせで市ヶ谷が横並びとすればたっちは鏡合わせで向かい合っているような雰囲気。
でもコンサートでおかめちゃんからたっちゃんへぎゅうっと抱き着いたり、濃い絡みは時たま見受けられますよねー。
そういう意味で、肉体的な距離間は近いんだけど、それが精神の距離と比例していないのがたっちの妙であり良さなのかなとも思うんですよね個人的には。
 
しかし顔が似てるわけでもないのに甘栗期の2人はほんと双子に見える。さすがはたっち!
 
という雑な締めで終わります。すみません。