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感想文と言う名の覚書をしたためています。

12月11日「ルードウィヒ・B」シアターBRAVA!

橋本良亮、河合郁人出演の音楽劇「ルードウィヒ・B~ベートーヴェン 歓喜のうた~」の大阪初日公演、観に行ってきた。

 


こちら来場者全員に配られたリストバンド。

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メンバーカラーで用意してるっていうのがまた心憎い演出。12月11日公演は橋本くんカラーで印字は「Love」。
しかしこれ一度締めると容易には元に戻らない仕様。うっかり締めすぎるとうっ血する。
18:30開演で終了が21:30頃。カテコ含め約3時間。1幕と2幕の間に休憩有り。例によって例のごとくトイレはめちゃ混み。
開演前にははしふみのアナウンス有り。
席は一階席前方だったのですがなにせ一番端だったもので演出が一部見えにくいのなんのって。
背景モニターの映像は角度的なものもあってとても見え辛かった。いくら舞台に近くても一番端の席は考え物だな。
シアターBRAVA!自体は席の作りも悪くないし舞台に近い感じがするので良いんだけど。
ただ、公演終わってロビーに行く途中で、シアターBRAVA!の方ではない舞台スタッフらしき女性と男性が「あそこは演出が見えにくいと思います」みたいな会話をしていてもしかしたら今後改善されるんだろうか、という期待は抱いた。
注釈つき指定席とかなら仕方ない事だけど、そうではないので。具体的にいうとルードウィヒとエレオノーレの再会のシーンがほぼ見えないのはいかがなものかと。とても大事じゃない、そこ。見てて「フランツ、寝かせる場所が悪いわ」って思った。いやフランツ全く悪くないけど。


物語の流れとしては、宮廷音楽家として貴族たちに見下されながら働く父に貴族を恨むことを説かれ、立派な音楽家になれとスパルタ教育を受けるルードウィヒ。
母の支援で弟子入りしたモーツァルトにその才能を認められ、支援者であるワルトシュタイン、貴族の娘・エレオノーレなど様々な人々との出会いの中で民衆の為に音楽を作るという新たな音楽家の形を夢見る。
母の死や父を捨てる決意など様々な困難を経て音楽家としての成功を成すも、『ルードウィヒ』の名を持つ者すべてを恨む貴族・フランツに殴られた後遺症から段々と耳が聞こえなくなるルードウィヒ。
その後、フランツに曲を贈ったことを最後に10年間曲を書くことの無かったルードウィヒだったが、フランツの養子であるユリシーズや、音楽家としての協力者であるウムラウフとの出会いを受けて、ベートーヴェン最後の交響曲第九の「歓喜のうた」を書き上げる…。

ものすごくざっくり言うとこんな感じ。ものすごくざっくり。オーザック並みのざっくり感。(伝わらん)

ピアノを弾くシーンは多々あって、すべてを弾いているわけではないけれど意外と安心して見れたのに驚いた。頼もしい。
楽しかったなぁ。そしてものすごくグッとくるシーンがたくさんあった。里見さんや浅野さんはじめとするベテランの方々がいることによって舞台に重みがあるというか。しかし一番気になったのは…。
ただ純粋に素敵な舞台だったわ!という人に申し訳ない話をするんですが。

フランツ、超絶ストーカー気質。

本当に申し訳ない。不快に思ったら今すぐに画面を閉じるべきだと思う。
でも思ってたよりも凄かったんだ。ルードウィヒの名を持つ者すべてを恨む理由が、母を亡くして父親に刷り込まれてきた為だというのはまぁ良いとして。
ルードウィヒを殴りつけたことに始まり、事あるごとにルードウィヒの前に現れてはハイドン先生に会う邪魔をしたりまたしても殴りつけたりと実に神出鬼没。
そんな自分が苦しくなるだけの仕打ちをルードウィヒにしてきたフランツが、2幕冒頭でいきなり子持ちに。たまげた。
更には大嫌いなルードウィヒに息子の為に曲を作ってくれと言い出して、「俺を無視するなよ!」みたいなことをルードウィヒに言い出した時は不器用すぎて逆に愛しくなりかけた。でもけっきょく「作らない」って全面拒否うけてまた暴力に訴えるフランツ。激しい。
さらにはそのあと耳が聞こえなくなってきて森に音を聞きに行って倒れたルードウィヒをそっと助けるフランツ。お前いつから付けてたんだ。
エレオノーレすらも「フランツはずっとあなたを見ていたんでしょう」的なことを言い出したから、いよいよフランツのストーカー行為が明るみに。
結局頼まれてた曲をフランツに贈ったルードウィヒ。やさしさの塊か。
けど自分のせいでルードウィヒが音を失ったことを悔やんでも悔やみきれないフランツは息子のユリシーズに自分の罪を打ち明ける。
そしてユリシーズに、ルードウィヒがもう一度曲を書けるように手助けするようにまで頼む。ウムラウフを雇う金も出してるんじゃないかあれ。
結局最後の最後まで、フランツの生涯は一番嫌いだったはずの『ルードウィヒ』を軸にして展開してたのかなと思うと、嫌な奴になりきれない心根の優しいフランツが少し不憫。しかし結果的にフランツの存在がなければ『歓喜のうた』は完成しなかったことを思うと2人の出会いとこれまでのことは運命で必然なんだな。



▼橋本良亮/ルードウィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
とにかくすごかった。素敵だった。陳腐な言葉しか並べられない自分が憎い。
まず登場してすぐのフランツに殴られて叫ぶルードウィヒの声。その後も耳に不調をきたす度に叫ぶルードウィヒ。
鼓膜と一緒に気持ちも震えて、ルードウィヒの痛みと絶望が自分の方にも押し寄せてくる感覚を味わった。
母親との別れのシーンもそうだった。ルードウィヒの悲しみがダイレクトに心臓に飛び込んでくる感じがした。
改めて思ったのは、本当に橋本くんは演技がうまい。勿論ファンの贔屓目も入ってしまってるのかもしれないけれど。
全力でルードウィヒに没頭している姿がとても頼もしく感じた。演技をしている時の橋本くんの目と声は本当にピカイチ。
元々、自分は慟哭だとか叫ぶだとか、感情が爆発するようなシーンを見るのがとても好きで、その時に胸に迫るものを感じる一瞬がたまらなくときめく。
そのときめきが今回の舞台中、何度も訪れた。
かと思えば、モーツァルトとのシーンでは思わず笑顔になるようなやり取りをテンポよく見せてくれて楽しませてもくれる。
エレオノーレの前に跪き、「真実のキスを…」と手の甲にキスをする鼻血もののシーンも必見。
ちなみにエレオノーレとの再会を果たして森から戻る際にさりげなく引き寄せて肩を抱くルードウィヒ。束の間の逢瀬を果たすも、ルードウィヒの音楽の為にいじらしく身を引いて帰ろうとするエレオノーレに自分の決意を語り、そのすぐ後に、自分を支えてくれるマリアに優しい言葉を贈るルードウィヒ。思わず心の中で「るーちゃん…大人になって…」と呟いたのは言うまでもない。
ピアノも、歌も、安心して見れました。堂々としてたからだと思う。本当に口説き曲のウィスパーボイスは子守歌にしたいくらい素敵すぎて音源が欲しい。
10年後ルードウィヒの声の出し方も凄い。歩き方も。
そして何よりも一番凄かったのは最後の「歓喜のうた」での指揮のシーン。
里見さんの指揮と父親との入れ替わりだとか、母親の姿の登場だとか、あのシーンの演出そのものが好きなんだけども、ルードウィヒの指揮。
髪を振り乱して激しく腕を振る姿を見て思わず涙が溢れそうになった。
それまでのシーンも勿論だけど、最後の指揮は本当にルードウィヒと一体化したような力強さがあって、生命力を感じた。
あの後姿を本気で眩しいと思ったし、「ああ、だから橋本良亮が好きだな」と妙に納得してしまった。
これは今回の舞台だからこそ見れた姿だったんだろうな。こちらとしても貴重な経験でした。
カテコで里見さんとハイタッチしたり音楽隊の方とハグしたりして、どこに行っても愛され末っ子のはっしーな彼が実に愛しいです。


河合郁人/アマデウスモーツァルトユリシーズ・フォン・クロイツシュタイン
とにかく可愛い。茶目っ気たっぷりな天才音楽家モーツァルトを演じる河合郁人はこんなにも可愛いものかと思った。
ルードウィヒとモーツァルトのシーンは基本的に柔らかな時間が流れることが多くて、楽しかったな。
基本形はあるだろうけれど、アドリブも恐らく結構入っていそう。いちいちキメポーズをしては階段を駆け上がってるーちゃんにめんどくさがられるモーツァルトがすこぶる愛しい。
あとはお出かけの為に来た服を見せびらかして「パープルッ♪」と得意げにるーちゃんに見せるモーツァルトも可愛い。ほんと可愛い。
モーツァルトは、ファウストの時よりももっと軽やかな雰囲気。ただお調子者というわけではなくて、天才らしい茶目っ気と綺麗な変人さ。
それでも締めるところは締めて、やるべきことはこなし、自分が死した後困らないようにルードウィヒに進むべき道を示しておいてくれた。
ピアノのシーンも歌も、橋本くん同様に安心して見れた。こういう時、元々が舞台慣れしている彼らの度胸を鑑みて改めて「凄いなぁ」と思わされる。
新たな挑戦だったピアノすら、全くの0から客前で披露しながら歌って演技するまで持ってこれるんだから本当に凄い。
郁人と橋本くんのみならず、A.B.C-Zのメンバーはみんな結局器用。特に舞台上の事に関してはとんでもないスキルとポテンシャルを持ってる。そこが好きな所でもある。
郁人の歌声は橋本くんの優しさと甘さとは違う、ハリがある。それにしてもファウストの時よりもカツラのせいか宝塚感の増している郁人。
元々が目鼻立ちがハッキリしてるから、化粧すると更に宝塚の男役にいそうな顔立ちに仕上がる。綺麗なんだよなぁ結局。
ユリシーズは、モーツァルトとの差異が見た目のみならず声でも分かって、表現力の豊かさにさらに磨きがかかった感じ。
モーツァルトだった郁人がユリシーズとして作曲を10年休んでいるルードウィヒのいる所にいくことに意味があって、1人2役がただの2役目じゃなくて、ルードウィヒの中では繋がってくる2役目だったんだな、とルードウィヒとユリシーズの出会うシーンを見て気づいた。
里見さんによる、ウムラウフとヨハンの2役も勿論同じ。モーツァルト先生を思い起こさせるユリシーズ、父・ヨハンを思い起こさせるウムラウフ。この2人だからこそ「歓喜のうた」の作成にたどり着く。
ユリシーズモーツァルトよりもさらに幼くて可愛い。動きひとつとっても可愛いし、耳の聞こえないルードウィヒの為にジェスチャーで伝えようとするところは郁人らしさが嫌みなく出ていて、2人の関係性が滲み出て幸せな瞬間だったなぁ。
リズムを教えようと踊りだすユリシーズはもっともっと素敵だった。ユリシーズ超踊れる。塚ちゃんの脇の下から指先揺らす振りまでご用意。
毎回ほぼアドリブ状態で踊ってるんだろうな、と思うとこれまで積み重ねてきた経験を厚みを感じてグッときた。
前回のファウストよりもさらに外部舞台への慣れというか自由にやらせてもらっている雰囲気が伝わってきた。外で得るものってやっぱり大きいんだなぁ。


と、いうわけで楽しかったです。千秋楽までもうあと少し!最後まで無事に乗り切ってほしい。
終わった後はこの経験をA.B.C-Zとしての活躍の糧にしてほしい。はしふみ大好き!おやすみ!